本が出ました・4

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2023の4日目の記事として書かれたものです)

 今年もくぼたやさんにお招きいただきましてこのアドベントカレンダーにいくつか記事を書かせていただくこととなりました。どうぞよろしくお願い致します。

 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、『トランプゲームの源流 第2巻 ギャンブルゲームの変遷』という本が今年出版されました。昨年の記事でも書いたとおり、昨年出した本を「第1巻」と銘打ってしまったせいで第2巻を書かないわけにいかなくなり、重圧に耐えきれなくなって大慌てで書きました。原稿を書き上げたら、後は例によって沢田大樹さんをこき使って出版にこぎ着けました。冷静に考えると沢田さんをアゴで使ったことのある人は世の中にそうそういるとも思えず、もしかすると私はとてもエラい人なのかもしれません。
 それにしても、昨年の記事では出版は早くとも数年後になるかのような書きぶりだった第2巻がなぜこんなに早く出たのか。簡単な話で、「何が何でも書かねばならないはずの事柄」を大幅にカットして現時点で書けることだけ書く、という方針に転換したためです。「第1巻」と謳った本を出しておきながらいつまで経っても第2巻が出ないという状態が何年も続くと、何よりも快く出版を引き受けて下さったニューゲームズオーダーさんの顔に泥を塗ることになってしまうので、とにかくそれだけは避けたいという想いから、やむを得ず方針転換をしたのです。結果として皆さんを騙したことになってしまって申し訳ありません。
 第2巻を書くなら何が何でも取り上げなければならないと当初は考えていたゲームが3つあります。フランスのトリオンフ、プリメロ、ピケ、です。第2巻をご購入下さった方はご存知のとおり、このうち実際に第2巻で取り上げることができたのはフランスのトリオンフだけです。後の2つはカットしました。お陰様で第2巻を無事出版することができました。
 同時にやっと肩の荷が下ろせたように感じてホッとしています。曲がりなりにも第2巻は出せたのですから、第1巻に「第1巻」と書いたのは嘘じゃなかったことになりますので。いやーよかった。めでたしめでたし。
 第3巻……? 第3巻なんて需要あるんですか? 第2巻と違って絶対に出さなきゃならないものでもないので、ちょっと様子を見て、読者の反応次第で書くかどうか考える、とそんな感じで行きたいと思います。第3巻を書くなら今度こそ何が何でもプリメロとピケを取り上げなければならなくなるので、その意味でもしばらく時間が掛かります。真面目な話、少なくともこの先3年は出ないでしょう。(それにこの円安、どうにかしてくれ。調査したくても海外の文献が恐ろしく値上がってて購入する気にならんぞ)
 「でもプリメロのルールなんてパーレットの本に書いてありますよね?」とおっしゃる方にぜひお尋ねしたい。パーレットの本に書かれているあのプリメロのルール、あれの出典は一体何なのか、と。出典を探しているのですが一向に見つかる気配がありません。パーレットがでっち上げたルールとまでは言わないものの、パーレットが空想で埋めた部分がかなりある「創作ルール」ではないかと私は睨んでいます。プリメロと言えばシェイクスピアの『ヘンリー8世』や『ウィンザーの陽気な女房たち』にも登場し、エリザベス朝のゲームというイメージが強いのですが、当時のイギリスのルールについては実は何一つ分かっておりません。加えて、イタリアの古い文献をあれこれ参照するとプリメロのルールがおぼろげながら見えてはくるのですが、パーレットの本に書かれているのと比べるとわりと大きな違いが見られます。

 トリックテイキングのアドベントカレンダーでしたね。トリテの話をしましょう。『トランプゲームの源流 第2巻』には「ギャンブルゲームの変遷」という副題を付けましたが、後半、つまり第4章以降はトリックテイキングゲームを扱いました。ただし私自身は第2巻でギャンブルゲームでないものを扱ったのは第4章のみだと考えていて、第5章・第6章は「トリックテイキングのギャンブルゲーム」を取り上げたつもりです。ついでに言うと第1巻第3章で扱ったカーネフェル、それに第6章のスポイル・ファイヴもトリテでかつギャンブルゲームだと言っていいでしょう。
 トリテと言うと「緻密にプレイするもの」というイメージがあるかもしれませんが、ブリッジやスカートだけがトリテじゃありません。トランプを使った伝統的なトリテの中には「ギャンブルゲームでありトリテでもある」というゲームがたくさんあります。手札が5枚のトリテってたくさんありますが、それらは基本的にギャンブルゲームだと言っていいでしょう。
 第1巻と、それに第2巻の後半を合わせて、これで17世紀前半以前のトリックテイキングの歴史について理解したぞ、と誤解をしている人もいるかもしれないので念のために断っておきますが、私としては17世紀前半以前のトリックテイキングの歴史の、どうですかね、どうにか1割書けたか書けてないかって程度なんじゃないかと考えています。書かなきゃいけないことはまだまだあります。ただ残りの9割のうちの大部分は調べても判らないというか、調べようがないというか、そういうものだったりします。第2巻の第5章だって、お読み下さった方はご存知のように、何だかよく分からないことがグダグダと書かれているだけです(そのグダグダな文章を書いたのは私なんですけれども)。あんな感じで16世紀頃のトリテの実態はさっぱり分かりません。

 トリテからは話題が逸れますが、無事出版された第2巻のクライマックスは何と言っても第1章の「ランスクネ・1」のルールでしょう。あれを一度読んだだけで理解できる人がいるとは思えません。逆に三度読み返しても理解できない人がいても驚きません。むしろ自然なことでしょう。しかし、あれを読んで「何じゃこりゃあ?!」と思った皆様にはぜひとも、あのわけの分からないルールを「 書 い た 」人間がいるということに想いを馳せて頂きたく存じます。あのルールの原文は訳文の10倍意味不明なのでして、頑張って解釈しようとしたもののやっぱり分からないので、他の資料にも当たって複数の資料を突き合わせたらマシになるだろうと確認してみたら他の資料はもっと意味不明だったりしまして(いや、複数の資料が残されているというだけでも奇跡なんですが)。しょうがないのでところどころ適当にごまかしたりでっち上げたりしてどうにか人間が理解できるもの、かつ一応辻褄が合っているものに仕立て上げたものであることを申し添えます。原文にある「クプール」やら「カルト・ドロワト」やらといった用語をそのまま使ったら読者の気が狂うことは目に見えていたので、私が訳語をでっち上げてすべて日本語にしました。「傍賭け」なんて変な日本語ですが「レジュイサンス」なんて用語が繰り返されるのに比べたらマシでしょ?
 まあそんな感じで、わけが分からないので新資料が発見されてもう少し解明が進むまで出版は控えるべき事柄を、とにかく一刻も早く第2巻を書かねばというプレッシャーに負けて出版してしまった次第なのですが、まだお持ちでない方、ご購入頂けますと幸いでございます。第1巻は初版300部(でしたっけ?)が早々に売り切れてしばらく入手困難な状態だったようですが、ニューゲームズオーダーさんは第2巻出版に合わせて第1巻も増刷なさったそうですので、そちらもぜひどうぞ。売り上げが伸びると第3巻を書くモチベーションも上がります。
(ただ正直言うと今は第3巻よりも、TTP賞に応募した自作トリテに手を加えた作品集を出版できるものなら出したいな、と考えております。もっとも出してくれる出版社があれば、の話ですけどね。どこか引き受けて下さる奇特な出版社さんはございませんでしょうか?)

黒宮公彦