パーレット頌

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2023の18日目の記事として書かれたものです)

 トランプがいつどこで生まれたのかは謎なわけですが、「彼の創作のためにトランプは創られたものであるかのような印象を受ける」と評されたことのある人物ならいます。デイヴィッド・パーレットです。というわけで今日は神様パーレット様の話です。
 「1ディールにつき各プレーヤーが取れるトリック数が決められている」というルールを聞いてギュンター・ブルクハルトの「トランプ・トリック・ゲーム(アウフ・デア・ピアシュ)」や「ヴィリー(マインツ)」を思い出す人もいるかもしれません(え、ヴィリーがフリテンくんで再販されるんですか?!)。けれどもこのルールを発明したのはパーレットで、「タントニー」で初めて採用されました。また「リードされたカードのスートをフォローしてはいけない。それどころかすでに場に出されているどのカードとも異なるスートのカードを出さねばならない」というと、同じくギュンター・ブルクハルトの「ポテトマン」を思い出す人がいるかもしれません。もっとも昨今ではこのルールを採用したゲームが増えているようで、私が先日プレイした「トリッキー・タイム・クライシス」というゲームもこのルールでした。けれどもこのルールを採用した最初のゲームは、私の知る限りではパーレットの「フラッシュポイント」か、または「オーバーザトップ」のいずれかです。このように、トリックテイキングで用いられているアイディアのほとんどは伝統ゲームか、そうでなければロバート・アボットかデイヴィッド・パーレットの作品に端を発しています。パーレットは間違いなく現代トリックテイキング界の巨人です。
 パーレット作品が世間にあまり知られていない理由はなぜかと考えると、それはおそらく彼の作品のほとんどが製品化されていないから、ということなのでしょう。パーレットは「私見では良いカードゲームとは、普通のトランプでプレイでき、ルールはシンプルでありながらプレーヤーにたっぷりと考えどころを与えるものだ」と述べていまして、普通のトランプでプレイできるのをよしとするパーレットの作品が製品化されないのは当然のことです(製品化されたものもなくはありませんが)。パーレットとしては「わざわざ高いお金を払って製品を購入しなくてもトランプさえあれば遊べますよ」ってことなんでしょうけど、それがかえって彼の知名度を下げているのだとしたら残念なことです。

 パーレットの創ったトランプゲームの代表作が「ナインティナイン」です。ご存知の方も多いでしょう。このアドベントカレンダーでも10日目の記事でmasai_kirinさんが取り上げていらっしゃいますね。ナインティナインは1968年に作られ、1975年に発表されたゲームです。それからもう半世紀が経ち、古典の仲間入りを果たしたと言っていいでしょう。誕生以来様々なヴァリアントが発表されてきましたが、パーレットにしては珍しく基本ルールにはほとんど手が加えられておらず、完成したゲームなのだと言っていいと思います。
 パーレットという人は実は「ルール魔」にして「改訂魔」なのでして、ゲームにせよ著作にせよ発表した後も細かな修正を何度も加えて発表し直します。1979年に第1回Spiel des Jahresを受賞した「ウサギとハリネズミ(ウサギとカメ)」にしても出るたびにルールが変更されているように思います。こうした修正に関して私が個人的に一番すごいと思ったのは1990年に出版されたThe Oxford Guide to Card Gamesというトランプゲームの歴史について書かれた本で、トランプゲームの歴史に興味がある人(そんな人ほとんどいないでしょうけど)にとって必読書です。この本はハードカバー版として出たのですが、早くも翌年にはペーバーバック版が出ました。ところがこのわずか1年の間にパーレットはこの本に修正を加えまして、そのせいなのかタイトルまで変更してしまいました。そうして出版されたのがA History of Card Games (1991) です。私としては両方とも買わざるを得ず、本棚に2冊並んでいます。その意味ではTeach Yourself Card Gamesもすごいです。古典的なトランプゲームをパーレットが30ほど選び、それらのルールだけでなく面白さやプレイのコツまで詳しく解説した得がたい本なのですが、初版から第4版までそれぞれ少しずつ内容が違いましてですね……。でもこれ、とてもいい本なので、トランプがお好きで英語が読める方なら、どの版でもいいので1冊持っていても損はないと思いますよ。
(ちなみに私が何冊持ってるかは内緒です。「初版から第4版までそれぞれ少しずつ内容が違」っていることをなぜ私が知っているのかなどと考えてはいけません)

 ええと、ナインティナインの話でしたね。それほどまでに「ルール魔」にして「改訂魔」のパーレットがほとんど手を加えてこなかったことを思うと、ナインティナインはもう完成したゲームなのでしょう。ちなみに最大の変更点は以下だと思います。
旧)ジョーカーを加えた37枚を使用。最後の1枚を表向きにして、そのカードのスートが切り札。ただし最後のカードがジョーカーまたは9なら切り札なし。
新)36枚を使用。ジョーカーは使用せず。第1ディールは切り札なしで行う。以後は、予想が当たった人の人数が3人なら次のディールの切り札はクラブ、2人ならハート、1人ならスペード、0人ならダイヤとする。

 ナインティナインの魅力はやはり「どんな手でもやりようがある」ことでしょう。トリックテイキングゲームの一分野に「イグザクト・ビッド」と呼ばれるゲーム群があります。各自が獲得トリック数を予想し、予想した数ちょうどのトリックを取らなければならないというルールを採用するゲームのことで、「オー・ヘル!」がその代表的なものです。広義には「スペード」もここに含めていいでしょう。こうしたゲームでは、トリックが取れなさそうな手札を配られた人もその手札なりに何トリック取れそうか予想してプレイすることになるので、どんな手が配られてもやりようがあるゲームとなると言えます。
 このグループの中にはオー・ヘル!を製品化した「ウィザード」も含められますが、ウィザードが発売されたのは1984年だそうで、ナインティナインはそれより10年ほど早く発表されたゲームということになります。
 こうしたゲームと比べたときのナインティナインの特徴や魅力は何か。それは「獲得トリック数の予想を口頭で発表したり紙に書いたりするのではなく、手札からカードを3枚ディスカードすることで示す」という点にあるでしょう。これには2つの意味があることにご注意下さい。すなわち (1) 予想トリック数を示す(しかも他のプレーヤーに知られることなく)、(2) ディスカードして手札を整える、の2点です。これが素晴らしい。もっとも、ディスカードして手札を整えることができると言ってもそうそうすんなりともいかず、ジレンマに陥ることもしばしばです。何をディスカードするかは切り札がどのスートかによっても変わってきますから、このあたりの工夫もナインティナインの魅力と言ってよいでしょう。
 3人で9トリックの争奪戦を行えば1人平均3トリック取ることになります。パーレットは迷ったときは3トリック宣言することを勧めていますが、これは当然のことですね。実際、とりあえず3トリックとしておくと相当な確率で達成することができるように思います。これはナインティナインの抱える欠点と言っていいでしょう。
 またナインティナインをプレイしていて改めて痛感するのは、トリックは取るより取らせる方がずっと楽だということです。正直なところ「何トリック取ると予想すべきか……」と迷ったときには取らないことを選択した方がはっきり言って楽です。ダイヤのAやKを思い切ってディスカードすることで成功することもしばしばです。これもこのゲームの欠点と言えるかも知れません。したがって切り札がダイヤの時はプレイしやすく、クラブの時は難しいという傾向があるように思います。

 何度もプレイしているとこうした欠点が目に付くようにもなりますが、それは多かれ少なかれどんなゲームにでも当てはまることでしょう。ナインティナインは間違いなく大傑作です。これに限らずパーレットの創作トランプゲームは無駄なルールがなく、しかし必要なルールはすべて揃っており、その上無理やりひねったような不自然なところがなく、すべてが自然でかつ必然です。ルールの美しさにため息が出ます。パーレットのゲームは伝統ゲームの延長線上にある正統派のそれであり、プレイする価値があるのみならず鑑賞にも値すると私は考えます。とりわけナインティナインについては半世紀に亘って遊び継がれてきたことがその完成度の高さを証明しています。半世紀に亘って遊び継がれるゲームがこの世に一体どれだけあるでしょうか。
 というわけで皆さん、ナインティナインを始めとするパーレットの創作ゲームをプレイしてみませんか。

黒宮公彦