モーツァルトの話

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2019の4日目の記事として書かれたものです)

 今年もくぼたやさんにお招きいただきましてこのアドベントカレンダーにいくつか記事を書かせていただくこととなりました。どうぞよろしくお願い致します。

 12月というと今でも世間ではベートーヴェンの第九なんでしょうか。私は長年慢性のモーツァルト病を患っておりますので、12月には「レクイエム」をよく聴きます。モーツァルトの命日が12月5日で、死の直前まで書き続けられたけれども未完に終わったレクイエム、すなわち「死者のためのミサ曲」は、結果的にモーツァルト自身のためのレクイエムになってしまったとよく言われます。
 というわけで、モーツァルト教徒にとってはトリテの話なんかしてる場合じゃないのでレクイエムの話をさせていただきます。最も普及しているのはジュスマイヤー版なのでしょうが、私はレヴィン版が好きです。今さらアーメン・フーガ抜きのレクイエムになんか戻れませんよ。そもそもジュスマ……
 ……というわけにもいかないでしょうからトリテの話をしますけれども、実はモーツァルトはゲームを大変に愛した人でして、ビリヤードや九柱戯(ボーリングの祖先)を嗜んだことが残された手紙から分かりますし、それに何よりも言葉遊びが大好きでした。カードゲームについてはトランプはもちろんタロットも愛好し、ヘクセンシュピール(ククの一種)で遊んだこともあったようです。モーツァルトの父親は真面目で厳格な人として知られ、モーツァルト家はギャンブルは禁止だったようですが、少額を賭けたトリックテイキングくらいは認められていたようで(それはギャンブルのうちに入らないということなのですね)、実際父親自身もピケなどを嗜みました。私は学生時代に「聖地巡礼」と称してオーストリアザルツブルクにあるモーツァルトの生家を訪れたことがありますが、モーツァルト家愛用のトランプが数枚展示されていたことを今でも覚えています。
 モーツァルト一家を取り巻くゲーム状況についてはモーツァルトの評伝や書簡集(何種類も出版されています)をいろいろ読むと分かってきますが、私のような慢性モーツァルト病患者ならいざしらず、ほとんどの人はモーツァルトの評伝や、ましてや書簡集なんて興味がないでしょうから、とりあえず次の1冊だけお薦めしておきます。
『ギャンブラー・モーツァルト 「遊びの世紀」に生きた天才』(ギュンター・バウアー(著)、吉田耕太郎・小石かつら(共訳)、春秋社、2013年.)

 さてモーツァルトの愛したトリテというと、例えば上に挙げたタロット(タロック)がありますが、当時タロットカードでどのようなゲームがプレイされていたのかについて上記の『ギャンブラー・モーツァルト』に詳しいことは述べられていません。Wolfgang MayrとRobert SedlaczekのDie Kulturgeschichte des Tarockspiels には「78枚のカードを使って3人でプレイしたのだ」と書かれていて驚きます。オーストリアのタロックと言えば54枚が定番ですから果たしてこの本の記述を信じていいものやら私には分かりません。ただ1756年に─モーツァルトが生まれたちょうどその年ですが─Die Kunst die Welt erlaubt mitzunehmen in den verschiedenen Arten der Spiele ...(以下略。実際はもっと長いタイトルです)という様々なゲームのルール集がウィーンとニュルンベルクで出版されたのですが、その中にあるタロックの記述では確かに78枚のカードを使うとされています。どうやら当時はまだ54枚でプレイするタロックは生まれていなかったようです。そしてまたオーストリアを含むドイツ語圏では「グロースタロック」という78枚1組のゲーム用タロットが近年まで作られていましたので、かつては78枚でプレイするタロットがあったのも間違いのないことです。
 モーツァルトのお気に入りのトリテでタロック以外のものとなると、トレセッテ、ブランデルン、シュミーレンなどが挙げられます。このうちトレセッテはイタリア3大トランプゲームの1つ、あのトレセッテですね。またシュミーレンはどのようなゲームか不明です。似たような名前のゲームは今でもいくつかあるのですが、それらがモーツァルトがプレイしたゲームと同じかどうかよく分かっていません。
 さて残るはブランデルンです。パーレットはA History of Card Gamesの中で19世紀初めにまで遡るゲームだとしています。モーツァルトは18世紀後半を生きた人ですからモーツァルトが楽しんだブランデルンはパーレットが言及しているブランデルンとは別物かもしれません。けれどもパーレットは他のところでは「ブランデルンは知られているドイツのゲームのうち最も古いものの1つ」と述べており(たぶんこれClaus Gruppの受け売りだと思いますけど)こうしたことから判断してモーツァルトのブランデルンは現在知られているブランデルンと同じものだと考えていいと思われます。
 ブランデルンはドイツのトランプゲームの本ではよく見掛けますが、日本で出版された本で登場するのはおそらく『トランプ・ゲーム大百科』(パーレット著、松田道弘訳、社会思想社)だけだと思います(実は私この本は原書しか持っておりません。原書に登場するので訳書にも登場するだろうという推量の下に書いています)。そこでブランデルンのルールを紹介しておきましょう。Claus GruppのKartenspiele―im Familien- und Freundeskreis(たぶんパーレットの元ネタ)とKastnerとFolkvordのDie große Humboldt Enzyklopädie der Kartenspieleを参考にしました。

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ブランデルン (Brandeln)

プレイ人数:4人。
1.使用するカードとランク、ディール
 通常のトランプから2〜6、8とジョーカーを除いた28枚を使用します。ランクは強いカードから順にA、K、Q、J、10、9、7。ただし切り札ではJ、7、A、K、Q、10、9となります。
 ディーラーは時計回りに各自にまず2枚ずつまとめて配り、次いで3枚ずつ、最後に2枚ずつ配ります。手札は7枚ずつとなります。

2.ビッド
 ここで各自が手札を見て、何トリック取れるか予想します。ディーラーの左隣から始めて時計回りに各自が予想をビッドしていきます。ビッドの種類は以下のとおりで、下に行くほど優先順位が高くなります。
a. ブランデルン(=3トリック):1点
b. 4トリック:2点
c. 5トリック:3点
d. 6トリック:4点
e. ベテル(=切り札なしで1トリックも取らない):5点
f. モルト(=切り札ありで7トリック):6点
g. ヘレンモルト(=切り札なしで7トリック):7点
 誰かがビッドしたら次の人は (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかします。この人がパスをしたらその次の人は (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかに加えて (3) 留保することもできます。
 「留保」とはそれまでに為された最も高いビッドと同じものをビッドするという宣言です。誰かが留保したらそれ以降の人は (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかします。誰かがビッドしたら次の人は (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかし、この人がパスをしたらその次の人はこれら2つに加えて (3) 留保することもできます。
 このようにしてビッドを続け、3人が連続でパスしたらビッダーが決定します。ビッドが「ベテル」「ヘレンモルト」でなければビッダーは切り札スートを宣言します。
(*何だかビッドのしかたが変ですが、参照したほとんどの文献にこの方法が述べられています。ビッドというものは通常ディーラーの左隣に優先権が与えられ、「留保」のビッドもふつうはディーラーの左隣(この人がパスしたらさらに左隣)がするものなのですがね……。この「通常の」ビッドのしかたでビッダーを決めるルールを述べた文献も1つだけあって、それについては最後に述べます)

3.プレイ
 オープニングリードは常にビッダーが行います。プレイは時計回りです。ルールは特殊なマストフォローで次のようになります。
(1) 台札と同じスートのカードが手札にあるなら、それを出さなければならない。
(2) その上で、勝てるなら勝とうとしなければならない。すなわち、すでに場に出されている台札と同じスートのどのカードよりも強いカードが手札にあるなら、それを出さなければならない。そのようなカードが複数あるならどれを出してもよい。また手札にある台札と同じスートのカードはどれも、すでに場に出されている台札と同じスートの最も強いカードより弱いなら、台札と同じスートのカードのうちどれを出してもよい。
(3) 台札と同じスートのカードが手札になければ何を出してもよい。(切り札を出す必要はない)
(*要するに「マストフォローを守った上で勝てるカードがあるならそれを出さなければならない。ただし切り札を出す義務はない」ということです。なお「すでに切り札が出されているときでも『場に出されている台札スートの最強のカードよりも強い台札スートのカードが手札にあるなら、それを出さなければならない』というルールは有効なのか、という疑問が湧きますが、残念ながら参照した文献のどこにもこの点については明記されていませんでした。ただ「勝てるなら勝とうとしなければならない」ということですから「すでに切り札が出されているならマストフォローを守った上で何を出してもよい」というのが素直な解釈かもしれません)

4.得点とゲームの終了
 7トリック終了後、ビッダーがビッドした以上のトリック数を取れているか(ベテルの場合は1トリックも取らなかったか)を確認します。成功していればビッドの得点分のチップを他の3人のそれぞれから受け取り、失敗していたらビッドの得点分のチップを他の3人のそれぞれに渡します。
 あらかじめ決めておいたディール数(例えば16ディール)行ってゲーム終了となります。

5.ヴァリアント
 Altenburger Spielkartenfabrik(編)のErweitertes Spielregel BüchleinおよびPieperとSchmidtのKartenspieleには「台札と同じスートのカードが手札にあり、しかもすでに場に出されている台札と同じスートのどのカードよりも強いカードがあるなら、それを出さなければならない」とは書かれていません。つまり通常のマストフォローのルールでプレイされるのだと思われます。
 なおパーレットのThe Penguin Book of Card Games (1978年。『トランプ・ゲーム大百科』の原著)には「すでに場に出されている台札スートのカードよりも強いカードが手札にあるなら、それを出さなければならない」と書かれているのですが、The Penguin Encyclopedia of Card Games (2000) ではルールが追加されていて「台札スートのカードが手札になく切り札があるなら切り札を出さなければならない。すでに切り札が場に出されていて、より強い切り札が手札にあるならそれを出さなければならない」と書かれています。もっとも後者のルールはドイツ語文献では見当たらないのでパーレットの勘違いかと思われます。パーレットでもときどき勘違いをやらかすので、正確なルールを知るためにはやはり原典に当たらないとダメですね。
 さらにこれ以外のヴァリアントを探しますと、上記のErweitertes Spielregel Büchleinには「留保」のビッドについての記述がありません。この本のビッドのやり方は上に述べたものとかなり違いますので紹介しておきましょう。
 ディーラーの左隣から時計回りにビッドをします。Aさんがビッドしたとすると次のBさんは (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかします。BさんがビッドしたらAさんは (1) Bさんと同じビッドをするなら「はい」と答え、(2) そうでなければパスします(つまり同じビッドならAさんが優先されます)。Aさんが「はい」と答えたらBさんはさらに優先順位の高いビッドをするかパスしなければなりません。以下どちらかがパスするまで2人のやり取りが続きます。次はBさんの左隣のCさんの番で、A・Bのうちパスせずに残っている人に対して (1) 優先順位の高いビッドをするか、(2) パスするかします。以下の要領でDさん(=ディーラー)までビッドを続け、ビッダーを決めます。その後ビッダーは自分でビッドをさらに吊り上げても構いません。

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 最後に、「そういうことならブランデルンをプレイするときのBGMはモーツァルトにしたいんだけど、何かお薦めは?」とおっしゃる方がひょっとするといらっしゃるかもしれないので、そのような方のために推薦曲を。モーツァルトがトランプやタロットを楽しんだ記録がとりわけ多く残されているとされる23、4歳の頃の作品のうち、いわゆる「娯楽音楽」(つまり何かのBGMとして演奏されることを想定して作曲された、セレナードやディヴェルティメントなどと呼ばれるもの)の中から私の個人的な趣味で2曲だけ挙げさせていただきます。
・セレナード ニ長調 K.320『ポストホルン』
・ディヴェルティメント ニ長調 K.334

黒宮公彦