ナポレオンの話

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2021の11日目の記事として書かれたものです)

 ネットを見ていると「昨今はトリテが流行ってる」という話を目にすることがありまして。そうなんですか? よく知らないんですが、私は個人的に日本のトリテ人口は減っているんじゃないかと常々感じていて、「流行っている」と聞くと少々驚くのですが。
 いや、昔から日本のトリテ人口なんてわずかなものだったと思います。ただ1990年代前半くらいまでは大学生の中にはナポレオンをプレイする人は珍しくなかったように記憶しています。ツーテンジャックを知っている人もまれにいました。またアメリカ留学の経験者とか、仕事でしばらくアメリカに滞在したことのある人の中にはコントラクトブリッジを嗜む人もいました。かつての日本のトリテを取り巻く状況はそんな感じでした。
 その後コンピュータゲームの流行により大学生が次第にトランプから離れていったためか、ナポレオンのプレイ人口は次第に減っていったように思います(ましてやツーテンジャックやブリッジは言うまでもありません)。それと入れ替わりに1995年以降、Windows95の登場によりパソコンが各家庭に普及するようになると、Windowsに必ず付属したハーツが次第に知られていくようになりました。と言ってもハーツを知っていた人は決して多くなく、知名度に関してはフリーセルの方が圧倒的に上だったように思います。ですからコンピュータゲームが流行るようになってからはトリテは冬の時代を迎えたというのが私の認識です。もちろん私が大きな誤解をしている可能性もあります。
 でもそれ以降に流行ったトリテって何かありましたっけ? 特定のゲームではなく「トリテというジャンルが流行っている」のだとしたら、まあそれはそれでトリテ人口が増えているということなのかもしれず、喜ばしいことだと思います。ただ「トリテというジャンル」を認識しているのはおそらくボードゲームが好きな人たちだけで、一般人は「トリテ」なんて知らないと思います。となると最近はボドゲ好きの人たちの間ではトリテが話題に上ることが増えているのかもしれませんが、その反面一般人も含めた全国的なトリテ人口としては増えているとは言えないのかもしれません。
 ヨーロッパの国々には「国民ゲーム」と呼べるようなトリテがあることが多いのですが、残念ながら日本にはそんなものはありません。それでもナポレオンはそこそこの人気を誇ったゲームと言えます。私が日本のトリテ人口は減っているという印象を持っているのはおそらくナポレオンのプレイ人口が減っているように感じているからなのだと思います。(もしくは私の単なる思い過ごしです)

 ナポレオンのルールはネットで検索すれば見つかると思います。ナポレオンをご存知ない方はぜひそちらでご確認下さい。これが、ネットが普及していなかった昔はルールを知ることさえ一苦労だったのでして。トランプゲームの本を見ると確かに「ナポレオン」は載っていましたが、めちゃくちゃでした。実はイギリスにも「ナポレオン」、またの名を「ナップ」という手札5枚のトリテがあって、昔の日本のトランプの本には「ナポレオン」の名の下にこのナップのルールが紹介されていたのです。ところが現実に行われていたナポレオンはまったく別のゲームだったのですからバカな話です。当時のトランプの本はすでに出版されている本の孫引きがひたすら繰り返されていました。実際に国内で行われているナポレオンのルールを記述したのは草場さんの『ザ・トランプゲーム』が嚆矢だったんじゃないでしょうか。要するに当時ナポレオンのルールは人から人へと直接伝えるのが基本でした。
 ちなみにネットを検索すると日本のナポレオンの英訳ルールも見つかりますが、これは……白状すると20年以上も前に私が書いてpagat.comのジョン・マクロード氏に送ったものでして。サイトにアップする際にはマクロード氏が書き直すだろうと思って適当に書いて送ったらほとんど手直しせずにアップしやがってなさいましてですね。当時としてはまさか自分の下手くそな英語が20年以上もネットに晒されることになるなんて思ってもみなかったのでして、いやもう「冷や汗もの」としか言いようがありません。しかもpagat.comを超えてあちこちのサイトにコピペされてますし。現在の私はもう諦めの境地に近い心境です。

 まあとにかく、ナポレオンは日本が世界に誇る傑作トリテなので若い人もやりましょうよ、という話です。以下読者がナポレオンのルールを知っているという前提で話を進めさせて頂きます。
 ナポレオンをやったことがない人にはぜひとも一度試してみることをお勧めしたいのですが……、ナポレオンには嫌になるくらいヴァリアントと言うかローカルルールがあるので、どれを採用するかという難しい問題があります。まず人数ですが、これはもう5人限定でいいでしょう。5人以外のヴァリアントまで論じだしたら日が暮れるどころかクリスマスが来ます。いっちょやりますか?「ナポレオンのベストルールはこれだ! 決定戦アドベントカレンダー」。いや私は謹んで参加を辞退させて頂きます。
 次にゲームの性格を大きく変えるヴァリアントとして「ジョーカーを入れるか入れないか問題」があります。どちらにもそれぞれの魅力がありますが、私は「入れない派」です。ジョーカーを入れるとナポレオンは手札を3枚交換することになって、いくら何でもナポレオンが有利になりすぎなんじゃないの、と思うのです。いや、毎ディール平等にナポレオンが有利になるのならいいんですがね、当たり外れがあるわけですよ。その点3枚交換よりは2枚交換の方がばらつきが小さいように思います。それにジョーカーのルールで揉めるのも面倒ですしね。私はジョーカーを入れるなら「ジョーカーは台札として出した場合のみ切り札請求でジョーカー自体は最弱の切り札。絵札は請求せず。台札以外ではただのディスカード」というルールが好きです。ついでに言うと「ジョーカー請求」はなくていいと思います。
(ナポレオンを知らない人にはワケのワカラナイ話でしょ? というわけで特に初心者のうちはジョーカーは入れない方がいいと思います)

 「ナポレオンの魅力って何?」と聞かれたら多くの人が
「実はナポレオンより副官の方が面白いんだよ。副官に指名されてどう振る舞うか、いかに上手く立ち回るか。あれがナポレオンの醍醐味だね」
と答えることでしょう。この辺りはすでに言い尽くされている感があるのでこの記事では割愛します。
 その代わりにナポレオンの作戦について、具体的には「ナポレオンは裏Jが大事」という話を少し書いてみようと思います。もっともこれもナポレオンの愛好者ならご存知のことのはずで「何を今さら」とおっしゃる方も多いでしょうけれども。
 以下「裏Jは切り札スートではなく元のスートに属する」というルールで行うことを前提としています。(「裏Jは切り札スートに属する」なんてルールあるの? と思った人もいるかもしれませんが、あるらしいのですよ。ナポレオンはローカルルールの山です)

1.副官は正Jよりも裏J
 ナポレオンが例えばハートを切り札にする場合、手札にはハートがたくさんあるはずです。ならばナポレオンが何度かハートをリードするうちに正Jは勝手に炙り出されてくるはずです。これに対してナポレオンの手札にダイヤは少ないことでしょう。となると弱いスートであるダイヤの補助をしてくれる人を副官に選んだ方が得策だということになります。というわけでナポレオンが副官を選ぶ際には「正Jよりも裏J」です。

2.裏Jは狩るな
 ナポレオンが副官にマイティを指名したなら、正Jはナポレオン自身が持っていることが多く、裏Jは連合軍の誰かが持っていることが多いです。となると裏Jは連合軍にとって頼みの綱となりますから、無駄なタイミングでノコノコと出て来られては困ります。マストフォローのルールのせいで炙り出されることのないよう、連合軍は裏Jのスートをリードするのは控え目にすべきです。(ただし裏Jはナポレオンが持っていて、正Jが連合軍にあることもあります。その辺り、実戦ではいろいろですので状況を見ながら作戦を変えていくべきでしょう)
 逆にナポレオンは裏Jを狩る、つまり裏Jのスートをリードして裏Jを炙り出すべきですが、それは連合軍に「手札に裏Jはない」と言っているようなものでもあります。
 なおナポレオンが副官に裏Jを指名したなら連合軍は当然裏Jを狩るべきです。裏Jに限らず「副官狩り」は連合軍の基本作戦です。ただし正Jは狩ってはいけません。連合軍は切り札スートのリードは極力避けるべきです。

3.裏Jを出すタイミング
 ナポレオンの責任は重大ですが、自ら志願してナポレオンになっているわけですからある意味当然です。予期せぬ責任を背負わされて緊張を強いられるのはやはり副官でしょう。そして、上に述べた理由から、副官に次いで大きな悩みを抱えることになるのが連合軍の裏Jだと思います。裏Jをどのタイミングで出すかは悩ましいところです。序盤はマストフォローのルールに縛られるので自由に出すことができず、かと言って終盤ではマイティや正Jに取られてしまう危険性が増します。裏Jをうまく使ってここぞというタイミングで出すのは案外難しいものです。裏Jでトリックを取ることで最低でも(裏Jを含めて)3枚の絵札を獲得したいところです。
 基本的なことではありますが、マイティや正Jがすでに出されたかまだ出されていないかをチェックすることと、あるトリックで自分がナポレオンの上手にいるか下手にいるか確認することが大切です。

 パートナーが毎ディール変わり、正体隠匿の要素もあるナポレオンはやはりトリテの大傑作だと思います。「5人用トリテはどれもそうだよ」と言われたらその通りではあるのですけれども。問題点があるとしたらカードの枚数が少ないことでしょうか。5人用トリテでは1人当たりの手札の適正枚数は12〜15枚だと個人的には考えています(トランプを使う限りこれは無理な相談なのですが)。実はこの考えに基づいてナポレオンのヴァリアントを作ったこともあります。
 思えば第1回TTP賞で準大賞を頂戴しました「五行相克」も、それに第2回TTP賞に応募させて頂いた「叔季」も間違いなくナポレオンを下敷きにして作ったゲームです。私はどうやら自分で思っている以上にナポレオンに強く影響を受けているようです。

黒宮公彦