タロットはいいぞ

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2019の24日目の記事として書かれたものです)

 唐突で申し訳ないが、諸君、タロットはいいぞ。私はトランプは好きだが、タロットカードはもっと好きだ。そもそもタロットカードとは何か。
【タロットカードとは、トランプの上位互換であり、スートが5つある特殊なトランプのことである。】
 ・・・は?
 「タロットのこんな定義、初めて聞いた」「だいいちタロットの説明に『占い』って言葉が出て来ないなんて」、そんな反応が聞こえてきそうだ。実際そのとおりで、こんなもん「タロットの定義」じゃなくて「タロットに対する私の個人的な認識(っていうか偏見)」でしかない。それでもこの偏見を押し通す形で話を続けさせていただく。タロットカードはトランプの上位互換なので、1組あればたいていのトランプゲームはできるし、加えてもちろんタロットゲームもできる。さらに5スートのトランプやら14ランクのトランプやらとしても使える大変お得なカードなんである。ただしタロットカードは通常、トランプよりもタテに長い。なので少々持ちにくい。これはタロットカードの唯一の欠点だと認めざるをえない。
 ついでに言うと、本来タロットはトリックテイキングの専用カードなのである。タロットを使ったトリックテイキングでないゲームもあるが「将棋盤と駒で廻り将棋もできます」ってのと似たようなものなので無視してよい。トランプに第5のスート、常に切り札となるスートを加えたのがタロットなわけで、切り札があるってことはトリックテイキングをするためのカードだと言える。
 15世紀前半に北イタリアでトランプを拡張する形で生まれたタロットは当初「トリウンフィ (triunfi)」と呼ばれた(因みにこれはtriunfo(「切り札」の意)の複数形)。ところが当時は切り札が発明されたばかりで、切り札を使ったゲームが流行し、たくさん生み出されていた時代だった。しかも困ったことにそれらの多くが「トリウンフォ」やそれに類する名前で呼ばれたため混乱が生じ、やむをえずタロットは「タロッコ」と名前を変えることとなった。これがドイツ語圏に伝わり「タロック」に変化した。一方フランスでは「タロー」となった。フランス語では単語の最後の子音字を発音しないためだ。つまりtarocだろうとtarotだろうとtaropだろうとtarosだろうと、フランス語ではぜーんぶ「タロー」になるのだ(実はフランス語でも語末のcは発音されることが多いのだが、taroc(たぶんこれが本来の姿)の場合cは発音されなかったようだ。16世紀の文献でさえ “tarau” のように最後の子音字が書かれてすらいない形で登場するので、イタリアから伝わった直後からすでに最後の子音は発音されていなかったのかもしれない)。おかげで最後の子音字が何だったか当のフランス人さえ忘れてしまって、いつの間にかtarotってことになってしまった。いいのだ、どうせ読まないんだから。ところがタロットが占いやらオカルトやらと結びつけられるようになると「tarotという語はtで始まってtで終わる。すなわち始まりと終わりが一致する。これはすなわち『循環の思想』の象徴であり(以下略)」なんてことを言い出す人たちが湧いてきたりして、ま、占い師なんてのはいいかげんなもんですな。
 英語圏へはtarotという形で伝わったが、発音はやはり「タロー」で最後のtは読まない。なのであのカードを「タロット」と呼んでるのは日本人くらいのものってことになる。私としても正直言って「タロッコ」「タロック」「タロー」と呼びたいのはやまやまなのだが、日本でこう呼んでも通じないのでやむをえず「タロット」と呼ぶことにする。誠に遺憾である。

 もうお気づきだろうが私はタロットを使って占いはまったくしない。にもかかわらず実はタロットカードのコレクターである。どういうことかと言うと「ゲーム用タロットカード」のコレクターなのである。占い用タロットにはまったく興味がない。ってなわけで話は最初に戻る。タロットはいいぞ。1組あればトランプゲームもタロットゲームもできる。ところが残念なことに日本ではこの時点でキョトンとされてしまうのだ。「『ゲーム用タロット』なんてもんがあるんですか?占い用と何が違うんですか?」
 「ゲーム用タロットとは何か」。うむ、いい質問だ。ゲーム用タロットとは……、つまり、その、何だよ。いやあ、まあその、あれだ。うん。
 実を言うと、私の知る限り「ゲーム用タロット」の明確な定義なんてものは存在しない。けれどもコレクターとしてはこの辺をはっきりさせておかないと何でもかんでも買うことになってしまって、ただでさえ経済的に苦しい私にとっては非常に困る(誰ですか「じゃあコレクターやめりゃいいじゃん」って言ってる人は。そんな正論聞きたくありません)。それに私としては占い用タロットなんか買う気はまったくないので、ゲーム用と占い用との明確な区別は極めて重要となる。そこで自分なりの「ゲーム用タロットの判断基準」を決めて、それに従ってコレクションすることにしている。この基準を具体的に示すと以下のようになる。

1.まず、当然のことながら「実際にゲームに使われている」もしくは「ゲームをするために作られたと考えられる」ことが一番大切である。
2.タロットが占いに用いられるようになったのは18世紀後半、フランス革命直前のパリでのこと(始まりは18世紀前半かもしれないが広まったのは18世紀後半以降)。なのでそれ以前に作られたカード(およびそのレプリカ)はゲーム用である。(なお、それ以降に作られたものであっても占い用としてデザインされたものでなければゲーム・占いのいずれにも使えるカードだと言えるのだが、私はあまり興味がない)
3.カードが何枚か欠けているデッキで占ってはありがたみがないので、占い用は1組78枚か、大アルカナのみの22枚が大原則である。ところがゲーム用はゲームを面白くすることが大事なので1組が必ずしも78枚とは限らない。
4.占い用では大アルカナに「魔術師」に始まり「世界」(もしくは「天使」)に至る絵が描かれている。これらの絵は占いにとって絶対的な意味を持つ。ところがゲームをするためにはこうした絵に意味はないので、まったく異なった絵が描かれていることも多い。
5.占い用のカードには上下がある。それぞれ「正位置」「逆位置」と呼ばれ占いに重要な意味を持つ。ところがゲームに使う場合には上下がない方が見やすいので、切り札や絵札には(トランプの絵札のように)上下逆に持ってもいいような絵が描かれていることが多い。
6.占い用の小アルカナのスートは剣・棍棒・聖杯・貨幣であるのが原則だが、ゲームにとってはこうした紋標に意味はないので、スペード・クラブ・ハート・ダイヤとなっていることも多い。(実際後者の方が見やすい)
7.ゲーム用ではランクの強弱が重要なので、数字が(比較的)目立つところに大きく書かれている。また占い用で用いられるのはローマ数字が原則だが、ゲーム用ではアラビア数字のものもある。

 見てのとおりこれはあくまでも判断基準であって定義ではない。そもそも私のコレクションにとって便利なように私が独断で決めた基準なので、厳密なものでは全然ない。これらの特徴をたくさん備えていればいるほどゲーム用タロットだということになるが、たった1つの特徴を満たしているだけでもゲーム用だと判断されることもある。逆に上記の7つの特徴をすべて満たしているカードはこの世に存在しない(2の条件と4〜7の条件を同時に満たすカードは存在しないので)。

 さて、ここまで読んで「私もゲーム用タロットが欲しい!」と思った方がもしおられたら、フランスのゲーム用タロット(タロー)の購入をお薦めする。上記の4〜7の条件をすべて満たした典型的なゲーム用のタロットである。占い用タロットしか知らない人が目にすると両者がまるで違うものなので衝撃を受けるだろうが、ゲームに使うと大変プレイしやすいことがお分かり頂けるだろう。同時に私が「トランプの上位互換」と言っている意味もご理解いただけることと思う。しかもカード枚数は78枚なのでほとんどのタロットゲームがプレイできるのも魅力だ。
 では1組目はフランスのタロットを購入するとして、2組目以降は何を購入すればいいのだろうか。正解はもちろん「フランスのタロットを1組持ってりゃそれで十分。間違ってもコレクターになんぞなってはならない」……だよな、そうだよな、オレもそれが正しい態度だと思うよ、うん。しかしせっかくの機会なので、万が一興味を持ってしまった人のために、ゲーム用タロットにはフランスのもの以外にどんなのがあるのか、代表的なものをいくつか紹介しておこう。

(1) Tarocco Piemonteseピエモンテ州(イタリア)。78枚、上下なし)
 切り札に「魔術師」に始まり「世界」に至る図像が描かれている。にもかかわらず上下逆に持ってもいいように(トランプの絵札のように)図像の上半分だけが上下対称に描かれている。結果として切り札がかなりマヌケな図像となっており、とりわけ「吊られた男」では下半身のみが上下に描かれたデザインとなっている。ゲームをするためならフランスのタロットがあれば十分で、どちらかというとマヌケな図像を楽しむためのもの(?)。ちなみにTarocco Piemonteseと呼ばれるカードには昔ながらの、上下のあるデザインのものも含まれるので購入の際には確認が必要。

(2) Tarocco Bologneseボローニャ(イタリア)。62枚、上下なし)
 切り札の「女教皇」「女帝」「皇帝」「教皇」がなく、代わりにムーア人のカードが4枚入っている。そして「恋人たち」以降の数字が通常のタロットと比べ1つずつずれている。なので、フランスのタロットカードを使ってボローニャのタロットゲームを無理やりやろうとすればやれなくはないものの、かなり強引な読み替えが必要になる。ボローニャのタロッコをプレイしてみたいという人はどうにかして手に入れることを強くお勧めしたい。
 ちなみに白黒印刷のよく分からないカードが1枚入っているが、それはコインの1の札なのでゲームに使う。決して製造会社を示すだけの予備札ではない。

(3) Minchiateフィレンツェ(イタリア)。97枚、上下あり)
 最も枚数の多いタロットで、切り札だけで40枚(と道化が1枚)ある。このカードを使って遊ばれる「ミンキアーテ」は、フランスのタロットを使ってどんな強引な手段に訴えようと(当然のことながら)絶対にプレイできない。どうしてもミンキアーテをやってみたい人はどうにかして手に入れよう。
 「じゃあフランスのタロットじゃなくてこれを1組持っておくのがいいのでは?大は小を兼ねるんだから」と考える人もいるかもしれない。でもミンキアーテはカードのランクが分かりにくくあまりプレイしやすいカードではないので、ミンキアーテ以外のゲームに使用するのは正直なところお勧めできない。

(4) Tarocco Sicilianoシチリア(イタリア)。64枚、上下あり)
 道化のカードとは別にMiseriaという不思議なカードが入っているため、フランスのタロットカードで代用するとなると何らかの工夫が必要になる。ボローニャのタロットほど強引な読み替えは必要ないが、それでもシチリアのタロットゲームをプレイするならシチリアのタロットカードを使うに越したことはない。

(5) Tarockオーストリアハンガリーチェコ。54枚、上下なし)
 Tarockはオーストリア(ドイツ語圏)での呼び名で、ハンガリーではTarokk、チェコではTaroky。典型的なゲーム用タロットカードであり、「ゲーム用タロットらしさ」という点でフランスのタロットやツェゴに次ぐ。非常にプレイしやすいカードだが切り札のインデックスがローマ数字で書かれているのと、それ以外のカードにインデックスが入れられていないのが玉に瑕(ローマ数字はアラビア数字に比べると見づらい)。オーストリアはタロット(タロック)大国で、このカードがあればオーストリアの各種ゲームが楽しめるのみならず、かつてのオーストリアハンガリー二重帝国の領内であったハンガリーチェコのゲームもプレイでき、大変に汎用性の高いカード。とはいえフランスのタロットで代用できるというのも事実である。

(6) Cego(ドイツ南西部。54枚、上下なし)
 「ツェゴ」と読む。フランスのタロットに次ぐ典型的なゲーム用タロットカード。なので非常にプレイしやすいが、オーストリアのタロック同様、切り札以外のカードにインデックスが入れられていないのは欠点だと言える。加えてツェゴというゲーム自体がわりとマイナーなためカードも入手しやすいとは言えない状況なのが難点。同じドイツ語圏であるオーストリアのタロックで代用できるし、もっと言うとフランスのタロットで代用できる。

(7) Großtarock(ドイツ語圏。78枚、上下なし)
 ドイツやオーストリアでかつて使用された78枚1組のタロット。78枚であることを除きオーストリアのタロックと何も変わらない。残念ながら現在は入手困難。

(8) 1JJ(スイス。78枚、上下あり)
 スイスはプロテスタントの中でも過激派であるカルヴァン派の影響力が強かった地域。このためスイスや、スイスにほど近いフランスのブザンソンでは切り札の「教皇」「女教皇」を排除し、代わりにローマ神話の「ジュピター」「ジュノー」を入れたタロットが作られた。これがスイスのいわゆる「1JJ」タロットで、「JJ」とはジュピターとジュノーを指す(ちなみに「1」はどうやら聖杯の1の札を指すようだ。伝統的なタロットの聖杯の1では聖杯の上に先の尖った蓋が描かれるが、これに比べると1JJの聖杯の1では蓋が丸いデザインとなっている、ということらしい)。スイスでは現在でもこのカードを使って遊ばれるタロットゲームがあるとのこと。正直言ってあまりプレイしやすいカードではなく、フランスのタロットで代用した方がいいかも。

(9) その他の歴史的なタロット(78枚、上下あり)
 占いに使われるタロットカードの代表がいわゆる「マルセイユ・タロット」だけれども、これはタロットと占いが結びつけられる前から存在していたもので、ゲーム用タロットと見なして差し支えない。このような、本来はゲームに使われることを目的として作られた歴史的なカードは、たいていの場合はヨーロッパの美術館や博物館に収蔵されていて入手不可能なのだが、レプリカならたくさん作られており容易に入手できる。美術品として見ても美しいものが多い。もっともトリックテイキングゲームの道具として見るとあまりプレイしやすいものではなく(もちろん昔の人はこうしたカードでゲームをしていたのではあるが)、フランスのタロットで代用することをお勧めする。

 読者の中にもしかすると「ハンガリーのタロックは42枚1組じゃないの?」とおっしゃる方がおられるかもしれないので補足しておこう。ハンガリーの代表的なタロットゲームに「パスキエヴィチ」というのがあり42枚でプレイされる。けれどもハンガリーのタロックはあくまでも54枚で1組であり、パスキエヴィチをする際には12枚抜いてプレイするのだと私は理解している。私はハンガリーのタロックを2組しか所有していないが、それらを見る限りではオーストリアのタロックと同じものだと言ってよい。絵柄はほぼ同じだし、カードの枚数も54枚である。
 オーストリアのPiatnik社は古いタロットカードのレプリカをよく出版している。ところがこうしたレプリカはコレクターが購入するもので、実際のプレイに使われることはほとんどないとPiatnik社は知っている。そしてコレクターは切り札や絵札の絵に興味があり、数札には興味がないことも知っている。なので「かつて販売された、当時としてはごく普通のありふれたカード」のレプリカよりは「過去に製造された、当時としても珍しい、でも綺麗なカード」のレプリカを製造することが多い。しかも製造の際に、コスト削減のため、どうやら数札を何枚かカットすることがあるようなのだ。このPiatnik社が出した「ハンガリーの風景タロック」は確かに42枚で1組となっている。切り札にハンガリー各地の風景が描かれた美しいカードだが、ハンガリーの標準的なタロックのデザインにはほど遠い。安藤広重の「東海道五十三次」をあしらったトランプを土産物屋でたまに見掛けることがあるが、あれは日本の標準的なトランプのデザインとはかけ離れたものだというのと同じである。そのハンガリーのタロックにカードが42枚しかないわけだが、私はこのカードのオリジナルは54枚だったのではないかと疑っている。Piatnik社は次のような判断から数札12枚をカットして復刻したのではないか。「コレクターは切り札や絵札があれば数札はなくても満足するだろう。でももしかするとこのカードを実際にプレイに使う人がいるかもしれないので、パスキエヴィチがプレイできる枚数の数札だけは入れておこう。ハンガリーのカードなんだからパスキエヴィチがプレイできれば十分だろう」。
 ドイツアマゾンの「ハンガリーの風景タロック」のページのカスタマーレビュー欄には「カードが足りん!ゲームができない!」という書き込みがあって、Piatnik社のもくろみは失敗だったと言わざるを得ない。やはり42枚1組のタロックってのは極めて珍しいというか、もっとはっきり言うと「異常な」ものと断じていいと思う。少なくとも日本のタロットゲーム愛好者の一部に「ハンガリーのタロックは42枚1組」という誤解を撒き散らした元凶はこのカードであり、罪作りなカードだと思う。

 以上、私の独断で好き勝手に書かせていただいたが、あくまでもゲームが目的ならプレイしやすいカードを選べばいいし、占いにも興味があるなら占いにも使えるカードを選べばいい。またカードの絵に興味がある人は好みの絵柄のカードを探せばいい。フランスのゲーム用タロットにはもちろん標準的なデザインが存在するが、そうした標準的なもの以外にも様々なデザインのカードが製作されている。それに比べるとイタリアやオーストリアでは新奇なデザインのカードが作られることは多くないようだが、19世紀から20世紀前半にかけては珍しいカードが多数出版されたため、現在でもそうしたカードのレプリカであれば製造されている。こうした多種多様な絵柄のカードの中からお気に入りのものを入手してみてはいかがか。
 となるとゲーム用タロットの入手方法についても触れておかなければ不親切というものだろう。いろいろと手はあって、例えばネットを見ると国内でもタロットカードの通販をしているサイトは意外と多い。そうしたところで扱われているカードのほとんどは占い用だが、探すとゲーム用カードが見つかることもある。他にも手はあるがとりあえずフランス・ドイツ・イタリアの各アマゾンを利用した個人輸入をお勧めしておく。実は私もこれを一番利用している。
 ただしドイツアマゾンでtarockで検索するとTarock/Schafkopfというカードも表示されるので注意が必要だ。バイエルンにはTarockというタロットゲームのなれの果てのゲームがあり、歴史的にはともかく、ゲームとしてはもはやタロットと何の関係もないただのトランプゲームである。このTarock/Schafkopfというカードはその名の通りTarockとSchafkopfをするための専用トランプであり、36枚で1組となっている。お間違えなきよう。
 本当はここでタロットゲームについても何か書くべきところなのだろうが、いかんせん記事がすっかり長くなってしまったので割愛させていただく。申し訳ない。本記事によってゲーム用タロットの愛好者が少しでも増えることを祈りつつ筆を置くことにする。皆さんどうぞよいクリスマス、そしてよいお年を!

黒宮公彦