ジャックのことなど

(この文章はTrick-taking games Advent Calendar 2019の14日目の記事として書かれたものです)

 申し訳ございませんが、例によってお詫びと訂正です。前回の「ピノクルの魅力」で4人式ダブルデック・ピノクルの「ワイプオフ」ルールについて触れましたが、その箇所の「Q・J・9=0点」は「Q・J=0点」の間違いです。ダブルデック・ピノクルでは9は使いません。失礼しました。

 それはともかく。毎年書いている気がしますが、早いもので今年ももうすぐ終わります。ホント早いもんです。この調子だと半年ほど後にはオリンピックを観ながら「平成は遠くなりにけり」とつぶやいていそうです。すげーリアルに想像できて悲しくなります。
 さて、2020年は子年だそうで、それで思い出したことを少し書かせていただきます。

 トランプには絵札があります。王が描かれているキング、女王が描かれているクィーン、そして兵士が描かれているジャックです。……?!
 ご存知のとおり「ジャック (Jack)」というのは「ジョン (John)」の愛称ですから人名です。「兵士」でも「従者」でもない、ただの人名です。どうして「ジャック」って呼ばれるんでしょう?これじゃあ、日本語に訳したらさしずめ「殿」「姫」「太郎」となってしまいます。誰だよジャックって?
 古い文献を見ますと、英語圏でジャックはもともと「ネイヴ (knave)」と呼ばれていたことが分かります。この名称はそっくりそのまま日本にも入ってきたのでして、明治中期ごろの文献を見ると「ネイブ」やら「ネーブ」やらと書かれていて驚きます。私が一番衝撃を受けたのは「子ーブ」という表記です。まあ確かに「子年」は「ねどし」と読みますがね……(ああやっと子年と話がつながった(笑))。江戸時代にはひらがなとカタカナの明確な区別はなく、しかも仮名はいっぱいあった(いわゆる「変体仮名」というやつで、例えば「に」の音を表す字が何種類もあった)のでして、その習慣が明治中期ごろまで残ってたってことなんでしょうね。
 他方、英語のknaveも現在ではほとんど使われません。もともと「少年、従者」といった意味の語で、ドイツ語のKnabe(少年)とも関係のある語でしたが、次第に「ならず者、ごろつき」といった意味へと変化していきました。そして後にはトランプのジャックを指すことばとしても使われるようになったのです。
 このネイヴを「ジャック」という愛称で呼んだ最初のゲームが「オール・フォー (All Fours)」だと言われています。ナポレオンでスペードのAを「マイティ」という愛称で呼ぶのと似たようなものでしょうか。もっともマイティは常にスペードのAのことですが、オール・フォーの「ジャック」は切り札のネイヴのことで、つまりディールごとにジャックと呼ばれるカードが変わります。オール・フォーでは得点となるポイントがハイ、ロー、ジャック、ゲームと全部で4種類あるので「オール・フォー」という名前なのですが、ここから分かるように切り札のネイヴを獲った人に与えられる1点のことも「ジャック」と呼ばれました。オール・フォーはチャールズ・コットンのThe Compleat Gamester (1674) にも登場する古いゲームです。
 このような次第で本来は4枚のネイヴのうちの1枚だけが「ジャック」と呼ばれたわけですが、その後次第に、オール・フォーとは関係なしに、一般にネイヴのことをジャックと呼ぶようになり、この習慣がイギリスで広まっていったのだと考えられます。ところが意外や意外、ネイヴのことをジャックと呼ぶのは下品なことだというのがイギリス人の常識であったようで、この慣習は19世紀の半ば頃まで続きます。この「常識」がそのまま明治の日本に入ってきたのも当然のことで、そりゃ「ネイブ」やら「ネーブ」やら「子ーブ……?、まあとにかく「ジャック」ではなく「ネイブ」やら「ネーブ」やらと呼ばれたのは何の不思議もありません。
 ところがところが。トランプの隅にスートとランクを示すインデックスが入っているのは現代の私たちには当たり前のことですが、昔のトランプには基本的にインデックスがありませんでした。インデックスの発明自体はかなり古いのですが、一般化したのは19世紀後半のようです。その頃インデックスを入れようとして問題が発生しました。Kingの頭文字を取るとKですが、Knaveの頭文字もKじゃありませんか!この時やむを得ずJを採用したのが「ジャック」の呼称を広めるきっかけとなった、と、どうやらそういうことらしいです。

 それはさておき。オール・フォーはアメリカに渡り「ピッチ」や「シンチ」といったゲームを生みました。こうした「オール・フォー系ゲーム」と呼ぶべきゲーム群はどれも似たようなもので、ハイ、ロー、ジャック、ゲームのポイントを競います。さらにもう一つ重要な特徴があって、それは「台札スートがフォローできるとき、台札スートをフォローしてもいいし切り札を出してもいい」という、ちょっと珍しいルールです。オール・フォー系ゲームの多くはこのルールに従ってプレイされます。
 ちなみに私は、オール・フォーもしくはピッチが明治時代に日本に伝わって「点取り」になったという仮説を唱えております。あくまでも仮説ですが。それに公表するのは今日が初めてですが(笑)。なおこの「点取り」は後に「ツー・テン・ジャック」と呼ばれるようになりました。こちらは私の仮説ではなく事実です。
 で、このオール・フォー系ゲームなんですが、正直言って私、好きじゃありません。運の要素が大きすぎるんです。その中で唯一面白いと思うのが「ウィドウピッチ (Widow Pitch)」という、20年ほど前にWindowsのアプリケーションとして出会ったゲームです。「テンポイントピッチ (Ten Point Pitch)」などと呼ばれるピッチのヴァリアントとよく似ています。なのでアメリカのどこか、少なくともWidow Pitchのアプリを作った人の周りでは実際にプレイされているゲームだと考えて間違いないでしょう。ピッチなので大味なゲームなのですが、2人でのんびりとやる分には楽しいゲームだと思います。今日はこれをご紹介しましょう。

* * *

ウィドウピッチ (Widow Pitch)

*「ウィドウ」は多くのトランプゲームで「山札」の意味で用いられ、このゲームでもそうなのですが、本来は「未亡人」という意味であり差別的な響きがあるので、以下では「山札」と呼ぶことにします。

1.人数=2人限定。
2.カードとランク、点数
 通常のトランプにジョーカーを2枚加えた54枚を使用します。2枚のジョーカーは互いに区別がつくものでなければなりません。ここでは「大ジョーカー」「小ジョーカー」と呼ぶことにします。なおこのゲームではジョーカーはジャックの一種と見なされます。
 カードのランクは、切り札でなければA、K、Q、J(あれば)、10、……、2、です。また切り札ではA、K、Q、正J、裏J、大ジョーカー、小ジョーカー、10、……、2、です。ここで「正ジャック」とは切り札のJのことであり、「裏ジャック」とは切り札と同色のJのことです(例えば切り札がハートならダイヤのJ)。裏J、大ジョーカー、小ジョーカーは切り札スートに属します。
 カードには固有の点数があります。A=4点、K=3点、Q=2点、J=1点、10=10点、ジョーカー=1点で、それ以外のカードには点数はありません。

3.ポイント
 オールフォーやピッチと同様、このゲームも以下の4種類のポイントを巡って争われます。
(1) ハイ=プレイに使用された切り札のうちランクが最も上のものを取ったら1ポイント。
(2) ロー=プレイに使用された切り札のうちランクが最も下のものを取ったら1ポイント。
(3) ジャック=切り札のJを取った人に、1枚につき1ポイント。
(4) ゲーム=取ったカード(切り札に限定されない)の点数の合計が多い人に1ポイント。
 このゲームでは切り札のJが4枚(正J、裏J、大ジョーカー、小ジョーカー)あるのでジャックだけで4ポイント、全体で7ポイントあることになります。ただしJが4枚すべてプレイされることは多くないので、全体のポイント数は3〜7のいずれかです。
 同じカードが重複してポイントを与えられることがあります。極端な話、プレイに使用された切り札が正Jだけだったならこのカードはハイであると同時にローでもあり、かつジャックのポイントも与えられますから3点ということになります。もっとも通常のオール・フォーならともかく、このゲームではほぼあり得ません。また2人が取ったカードの点数が同じならどちらにもゲームのポイントは与えられませんが、実際にはめったに起こりません。

4.ディールとビッド
 ディーラーはカードを3人分配ります。以下ディーラー、ノンディーラー、第1山札と呼ぶことにします。この三者に7枚ずつカードを配ります。残りのカードは裏向きのままテーブルの隅に置きます。こちらは「第2山札」と呼ぶことにします。
 プレーヤーは手札を見た後、ノンディーラー、ディーラーの順にビッドを行います。ビッドするのは取れると予想するポイント数で、可能なビッドは優先順位の低いものから順に3・4・5・6・7・「シュート・イット (Shoot it!)」です。つまり最低のビッドは3ですが、相手プレーヤーがすでにビッドしていたらそれを上回るビッドをしなければなりません。ビッドしたくなければパスします。シュート・イットは7のビッドと同様、7ポイントすべてを取るという宣言ですが、シュート・イットの場合は達成できたら21点、失敗したらマイナス21点となります。
 どちらかがパスをするかシュート・イットをビッドするかした時点でビッドは終了します。最後にビッドした人がビッダーとなります。もしノンディーラーが最初にパスをしたら、ディーラーが強制的に3のビッドでビッダーになったことにされます。

5.山札との交換
 ここでビッダーは第1山札の7枚をすべて取って手札に入れ、不要な7枚を裏向きにして捨てます。その後切り札スートを宣言します。
 次いでビッダーの相手プレーヤーが手札から不要なカードを好きなだけ裏向きに捨て、同じ枚数のカードを第2山札から引きます。手札をすべて捨ててもかまいませんが、必ず捨てるのが先、引くのが後です。

6.プレイ
 オープニングリードはビッダーが行います。ピッチにしては珍しくマストフォローのトリックテイキングです。つまりフォローできるときに切り札を出すことはできません。フォローできなければ何を出してもかまいません。切り札が出されたらより強い切り札、出されていなければ台札スートのより強いカードがトリックを取ります。

7.得点計算とゲームの終了
 7トリック終了後、各自が「3.ポイント」のとおりにポイントを計算します。
 ビッダーはビッドしたポイント数以上取れていたら、実際に取ったポイント数が得点となります。逆に失敗したらビッドしたポイント数がマイナスの得点となります。シュート・イットを宣言していた場合は達成できたら21点、失敗したらマイナス21点です。
 ビッダーの相手プレーヤーは実際に取ったポイント数が得点となります。
 ディーラーを交替しながらゲームを続け、先に21点に達した人の勝ちです。またはマイナス21点に達した人が出た場合にもその人の負けでゲームは終了します。同じディールで2人とも21点に達した場合どうなるかはルールに明記されていませんが、そのディールでビッダーだった人の勝ちとなるのだと思われます。

* * *

 プレイのコツは、ノンディーラーはとりあえず「3」をビッドすることです。ビッダーは14枚の中から7枚を選べますし、しかも選んだ後で切り札を指定できるのですから、どんな手札だろうと3ポイント取るくらいどうにかなります。どうにもならないこともたまにありますが、そんなときには泣いて下さい(笑)。いや、どうしてもダメだったら無理にビッドぜずパスしてもいいんですけどね。その場合には上に述べたとおりディーラーが強制的にビッダーにさせられるんですが、このルールが理不尽だと感じないほど3ポイント取るのはどうにかなります。逆に14枚中7枚選んだら手札がすべて切り札になったなんてことは珍しくありませんし、すべては第1山札の中身次第、なんとも大味なゲームです。
 それでも単なる大味なゲームではなく楽しいゲームとなっているのは「ジャックが4枚あって1枚につき1ポイント」というルールのおかげでしょう。このあたりの感覚が通常のオール・フォーとまるで違います。加えて貴重な得点源となるこれら4枚のJよりもAKQの方が強く、4枚のJの間にも強弱があるというのが絶妙です。「手の内にあるJをいかに相手に取られないようにするか」が意外と悩ましいのです。さらに「ゲーム」による1ポイントを獲得するためには10のカードが重要になってきますが、切り札の10は4枚のJよりも弱いというのがこれまた悩ましい。もちろん平札の10も決して強くないカードです。通常のオール・フォー系ゲームとは違って単なるマストフォローだというのもよくできています。
 ところがカード全体の約半数はプレイに使われませんので、失敗しても「今回は運が悪かった」とわりとあっさりあきらめがつきます。繰り返しになりますが、大味ながら楽しいゲーム。基本的に運の要素が大きいゲームが嫌いな私がこう言うんだから間違いありません。ぜひお試しを。
 なお、オール・フォーやピッチとはまったく別のゲームですが、「ネイヴ (Knaves)」というトリックテイキングゲームもあることを最後に申し添えます。

黒宮公彦